「地震火山こどもサマースクール」の実現まで

桑原央治(東京都立大島高校)

 日本地震学会の学校教育委員会では、その発足以来3回、普段あまり交流のない最前線の研究者と、小・中・高等学校の現場で地学教育を担っている教師たちとの、相互理解と勉強のためのミーティングを、毎夏開催してきた。それは最先端の研究に触れる機会の少ない学校現場の教員と、教育現場の実態に疎くなりがちな研究者の双方にとって、大きな啓発の場として定着しつつある。
 一昨年、まだ震災の爪痕生々しい兵庫県・芦屋高校を会場にミーティングを持ち、その2日目に淡路島の野島断層を前に、研究者から直接のレクチャーを受けているときに浮かんだのは、「この場に子供たちを立たせ、同じものを見、同じ話を聞かせてやりたい」という切実な思いだった。そこはまさに、地球が生きて呼吸をし、生々しく動いている現場だったからである。
 震災を被った地元では、友や親兄弟を奪われた子供たちも多数に上り、その本人も気づかない心の傷は容易に癒されるとは思われないが、それを乗り越えていく唯一の道は、身の上に起こったことの意味を正しく知ること以外には無いと思われたのである。
 また同時に、いつも「先生」であるはずの大人たちが、研究者の前で同じ「生徒」であることは、現代の「見えない管理化」が進む日常の中で暮らす子供たちにとって、「学ぶ」ということの真の姿を垣間見ることにもなりはしないか、という期待もあった。
 伊豆大島に戻り、割れ目噴火の後などを再訪するたびに、その思いはつのった。

 ただそれは、日本地震学会や学校教育委員会単独の力でできるわけではない。そこで日本火山学会にも、ご協力をお願いすることとし、企画成立の見込みがあるときには、正式に共催してくださる由、ご快諾を得ることができた。
 そうするうちに火山研究者の中にも、「今までの防災教育の在り方への疑問」という角度から、同様の夢を抱いている方がおられることを知った。また地震学会員の中には、長年のボーイスカウト活動を通じ、幅広い年代の子供たちの相手をすることに熟達した方の存在もわかってきた。
 これだけスタッフの心当たりができてきたからには、様々の困難は予想されるにしても、試行に踏み切らない手はない。

 小学校高学年から高校生までを参加対象とすることにしたが、実行委員の誰にとっても初めての経験ということもあって、計画は紆余曲折を経ながら手探りで進んだ。根気に欠け短気な私など、途中何度も投げ出しかけたというのも、偽りのないところである。
 ただそのような中にあって、実行委員長以下スタッフの計画実現への粘りには目を見張るものがあり、両学会から応援スタッフの途中参加を御願いすることも得、ようやく当日にこぎ着けることができた。もちろんその裏に、静岡県・函南町、及び両教育委員会による有形無形の様々なご助力があったことは、言うまでもない。

 そして当日、22名のこども達の積極的な反応は、私たちの予想を大きく狂わせる素晴らしいものとなった。


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