活断層って何だろう

東京都立大学理学部 山崎晴雄

          

活断層ってなに? どうしてみんなこわがるの
 4年前の1995年1月17日、神戸市を中心とする阪神・淡路(あわじ)地域がマグニチュード*7.2の兵庫県南部地震におそわれ、死者数が6,500人にもおよぶ戦後最大の阪神淡路大震災が引きおこされました。この地震は、淡路島北部から神戸市の西側、六甲山のふもとにのびる活断層帯の一部が、およそ50kmの長さにわたって活動したために引きおこされた、内陸都市直下型地震でした。それまで多くの人が、大震災をおこす地震は、1923年の関東地震や駿河湾での発生が予想されている東海地震など、太平洋沿岸のプレート境界にそって発生するマグニチュード8クラスの巨大地震だけだと思っていました。しかし、神戸をおそった地震はエネルギーの大きさからみれば関東地震の1/10以下のものでしたが、大都市の真下で発生したため大震災となったのです。また、この地震は活断層が2,000年ぶりに再び活動したために引きおこされたものでした。そのため、地震の規模は小さくても大災害をもたらす内陸直下地震の原因として、活断層がにわかに注目されるようになったのです。
 
神戸の大地震と野島断層
 神戸の地震のさいには淡路島に長さ10km、右横ずれ最大2m、上下のずれ(東側がもちあがった)1mを示す地震断層**が現れました。これは、大地震をおこした地下の断層(震源断層)のずれが地表にまで達したものでした。神戸・六甲山ろくの地下でもこのようなずれが生じたのですが、震源断層が比較的深いところにあったため、ずれは地表に現れませんでした。
 淡路島の地震断層を追跡してみると、興味深い特徴がわかります。それは、図-1のように、淡路島北部に広がる標高300mほどの津名丘陵(つなきゅうりょう)という丘陵地の西はじの崖(がけ)下にそって断層が現れているのです。丘陵の上と下には、数百万年前の同時期にたい積した浅い海の地層がそれぞれ分布しています。このことは、今回の断層運動・地震と同じようなことが過去に何回もくりかえし起き、その結果、地層が食いちがい、津名丘陵西はじの直線的な崖が作られたことを示しています。図を見ると地震断層が海岸にそって現れたように見えますが、実は断層がくりかえし動いて崖ができたため、それにそって海岸ができた、というのが本当なのです。このため、淡路島では地震前から津名丘陵の西はじに断層があることが指摘されており、野島断層と呼ばれていました。
 ところで、これまでにくりかえし活動してきた断層は、力のかかる条件が変わらなければ将来もまた同じ活動をくりかえすはずです。大地震がおきる前にそのような断層を見つけて注意しておけば、断層が活動したときの被害を小さくすることも可能です。そこで、将来も活動する可能性のある断層を「活断層(かつだんそう)」と呼んで、他の断層と区別しておこうという考えが生まれました。これは今から70年も前の昭和初めころの話です。ですから、活断層とは、将来も活動する、そして大地震をおこす可能性のある断層のことなのです。

北伊豆地震と丹那(たんな)断層
 1930年11月26日未明、マグニチュード7.3の北伊豆地震が起きました。この地震は本震がおきる前に激しい前震がつづいていたことや、震源が大都市の下ではなかったこともあって、日本でおきた同じ規模の内陸地震にくらべると、災害の規模はやや小さかったのですが、それでも死者272名、全かい家屋2,165戸という被害が生じ、多くの人が肉親や家をうしないました。被害は丹那盆地や浮橋(うきはし)盆地のほか、特に函南(かんなみ)町、韮山(にらやま)町、伊豆長岡町などの狩野川(かのがわ)沿いの低地に集中しました。
 この地震は、伊豆半島北部を南北に走る活断層である北伊豆断層系がおよそ1000年ぶりに活動したために引きおこされたものでした。このとき動いた断層群の延長は約35kmで、少なくとも9本の断層が同時に活動しました。丹那断層とは北伊豆断層系の中核をなす断層で、田代盆地の北方から丹那の南、池の山峠(いけのやまとうげ)付近までの約10kmの断層のことです。また、断層によって地表に大きな食いちがいが生じました。道路や田んぼのあぜなどが最大で2.4mも水平方向(左ずれ)に食いちがったのです。この食いちがいは今ではほとんど残っていませんが、丹那盆地の乙越(おっこし)や田代盆地の火雷(からい)神社では天然記念物として保存されています。
 この地震がおきたとき、丹那盆地の下では丹那トンネルの工事がおこなわれていました。トンネル工事は丹那断層の破砕帯(はさいたい)***に突きあたり、大量のわき水が出て難工事になっていたのです。断層が動いて東側の地盤(じばん)が北に食いちがった結果、トンネルの中心線が2mほどずれてしまいました。このため、現在のトンネルは一直線ではなくわずかにS字状にカーブしています。

活断層って本当に恐ろしいの? なにが恐ろしいの?
 多くの人が活断層は恐ろしいものと思っています。これは、活断層が大地震を起こすからで、それはウソではありません。日本列島にはこのような活断層がたくさんあり、その総数は1500とも2000とも言われています。しかし、その活断層のすべてがみな同じように恐ろしいのでしょうか。活断層は沿岸ぞいでおきる巨大地震とは異なり、1つ1つのくりかえし間隔は最も短いものでも約千年と長いのです。数千年に1度だけ活動するものが大部分といってよいでしょう。一つ一つの断層について言えば、その活動する確率はきわめて低いのです。しかし、日本列島全体で見ると断層の数が多いため、10年に1度くらいの割合でどこかで活断層が動いて震災がおきます。断層の活動間隔がわたしたちの歴史よりもずっと長いので、前の活動がいつあったかわからない、したがって、将来いつ断層が動くかわからない、ということが人々を不安にしているのです。逆に言えば、丹那断層のように活動の歴史がはっきりしている断層は、とうぶん活動する心配はないといえます。
 このような人々の不安をとりのぞくには活断層の活動史をしらべ、その活動間隔や、最後にいつ動いたか知る必要があります。そして、活動間隔とくらべて長期にわたって活動記録のない断層をえらび、その周辺地域に集中的な防災対策をほどこすのが効果的です。このため政府は阪神の大震災の後、全国のおもな活断層を100ほど選び、地元の自治体に交付金を出して上のような調査をおこなわせています。
 いっぽう、断層の真上では、ずれによってすべての施設が破壊され、とても危険だと思っている人がたくさんいます。ずれによって、建物がこわれるのは事実ですが、これまでの震災の例では、人の生命にかかわる大きな被害が生じたのは断層のずれではなくて、軟弱地盤(なんじゃくじばん)など地盤条件の悪いところなのです。このことを無視して、断層の上は危ないというだけでは地震災害を減らすことにはつながりません。

活断層のたまもの、日本の自然とわたしたちの生活 活断層と共生していこう
 もう一つみなさんに知っていただきたいことは、活断層は地震をおこすだけの悪者ではないということです。断層運動でくりかえし地盤に食いちがいが起きると、低くなった側に砂や泥や石ころがたまり、広い平坦地が作られやすいのです。北伊豆でも田代や丹那、浮橋などの盆地は断層運動で低くなった側に作られた盆地です。日本列島の大部分はけわしい山地ですが、その中にある盆地や平野の大部分は、じつはこのような活断層のおかげで作られたものなのです。平地では農業を行ってたくさんの人をやしなうことができ、また、人がたくさん集まって都市もできます。私たちの多くはその便利さを活用して平地に住んでいるわけですが、それは活断層のそばに住んでいるということなのです。ですから、日本列島に住む以上は活断層をさけて暮らすことはできません。好むと好まざるとにかかわらず、活断層と共生していくことが必要です。そのためには個々の活断層の性質や活動の歴史をくわしく知ることが必要で、その地道な研究が今も続けられています。


*マグニチュード:地震の規模(大きさ)を示すめやす。放出される地震エネルギー量と関係があり、マグニチュードの数字が0.2上がるごとにエネルギー量は2倍、1上がると32倍、2上がると32×32で約1000倍大きくなる。
**地震断層:大地震時に地表に現れる断層。断層のずれが地震の原因であるか結果であるかは問わないが、地すべりによるずれなど、明らかに地下の断層運動とは関係ない地表付近の現象は含めない。
***破砕帯:断層のずれが何度もくりかえされた結果、岩石がこわれて細かいつぶになり、粘土のようになった部分。


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