伊豆新聞連載記事(2008年5月25日)

伊豆の大地の物語(39)

陸上大型火山の時代(8)ガラスをつくった火山

火山学者 小山真人

 前回をもって、伊豆を代表する大型火山13峰の紹介を終えた。ここからは、それら13峰に含まれないが、同時期に噴火した火山の、どうしても触れておきたい話題について語ろう。
 土肥(とい)の町から国道136号線を南にたどると、宇久須(うぐす)の町に至る手前で海ぞいの高台を通過することになる。有名な恋人岬にも近いこの一帯が、伊豆市小下田(こしもだ)である。付近の地形はなだらかで、全体として西に向かってゆるやかに傾き下がっている。この地形は、かつてその東側にあった火山の裾(すそ)の一部が浸食をまぬがれて残ったものである。
 この火山に名前は無いが、小下田付近に残る溶岩流などの噴出物に対して「小下田安山岩類」という地層名が付けられている。その年代は200万年より古いと考えられたこともあったが、陸上噴出の特徴をもち、岩質も新鮮なことから、おそらく東隣にある棚場(たなば)火山と同時期か、それよりやや古い程度の百数十万〜100万年前と考えるべきだろう。
 この火山のかつての山頂付近には、大きな地熱地帯があった。地熱地帯の地中では、温泉水によって岩石が変質し、さまざまな鉱床がつくられる。小下田の東方3キロメートルほどの山中にある宇久須珪石(けいせき)鉱床がそれにあたる。珪石は、その大部分が水晶と同じ成分をもつ石英(せきえい)という鉱物からできており、板ガラスや建材などの原料として有用なため、大がかりな採掘がおこなわれてきた。露天掘りをしているため、山全体が珪石の白色で染まっており、晴れた日には駿河湾を隔てた静岡市付近からもよく見える。火山が活動していた当時には、おそらく噴気も立ち上っていただろう。
 この鉱床の存在によって、宇久須と言えば珪石というくらいに、その道の人に宇久須の名前はよく知られている。同じ宇久須地区内にある黄金崎(こがねざき)の崖のもつ美しい黄白色も、珪石鉱床をつくったものと同じ変質作用によるものである。ガラス工芸品などで有名な観光施設「黄金崎クリスタルパーク」は、宇久須珪石鉱床の存在にちなんで作られたものである。ガラスも火山の与えてくれた恵みの一つなのである。

宇久須(うぐす)珪石(けいせき)鉱床。露天掘りをしているため、山全体が白く見える。


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