これまでに流れたmushaメールの例

mushaでは,たとえば以下のような議論がかわされています.


At 9:55 30/01/97 +0900, Shintaro HAYASHI wrote:
>まだ,はるか昔に,このメーリングリストが誕生する以前に話題になってたと思いますが,日本で一番古い噴火記事については,みなさん,どうお考えでしょうか?
>
>・阿蘇の553年の噴火:日本活火山総覧(第2版)には記されているが,どの史料に記載されているのかよくわからない。
>・鳥海577年の噴火:大日本地震史料に引用されている「小滝出来事控」は,はるか後世の記録であることが植木(1981)によって明らかにされている。
>
>という風に怪しげな記録を除いていった場合,日本で一番古いたしかな噴火記録はどの噴火になるのでしょうか?神津島ですか?

At 13:05 30/01/97 +0100, Masato Koyama wrote:
>ちなみに「理科年表」には,開聞岳の紀元前の噴火が年代つきで載っています.
>
>なお,伊豆・小笠原弧最古の(まともな)歴史噴火は,「日本書紀」の684年「伊豆嶋」噴火記事ですが,火山が特定できません.伊豆大島の704年噴火記事は千年近く後の史料なので信用できません.「走湯山縁起」にある清寧天皇代(5世紀末?)の富士山噴火記事も同じ理由で却下しておきます.「万葉集」に719年頃とされる富士山噴煙記事がありますが,噴火かどうか判断できません.結局,火山が特定できるまともな噴火記事で最古のは「続日本紀」の781年富士山噴火だと思います.なお,神津島は838年です.
>
>ほかの火山弧について,みなさんの考えが聞きたい.

At 8:27 31/01/97 +0900, Shintaro HAYASHI wrote:
>東北地方については簡単です。
>「古老に聞くと『弘仁年中山中見火』(弘仁は810年から823年)と答えた」という記録が「三代実録」の貞観十三年(871)五月十六日条にあります。
>
>これは鳥海山の事です。

At 16:51 30/01/97 -0800, HAYAKAWA Yukio wrote:
>いい機会だから,中島秀子卒論(1996.1)から,「もっとも古い浅間山の噴火記録はどれか」に相当する部分を以下にお示しします.いろいろとおもしろい事実が判明しました.別の言い方をすると,これまでのこの種の研究はかなりいい加減だったことがわかりました.
>
>結論は最後のパラグラフに書いてあります.
>
>(途中略)
>
> 685年、887年いずれの噴火も浅間山のものではないとすると、有史以後では『中右記』に記載されている「治暦年間(1065-1069)」の噴火が一番古いものとなる。


At 12:20 30/10/96 -0800, HAYAKAWA Yukio wrote:
>赤城山の1251年噴火は,以下のように,疑わしいと私は考えています.
>
> 『吾妻鏡』の建長三年(1251年)四月の条に「二十六日丙辰.去十九日(1251.5.11).上野國赤木嶽焼.為先例兵革兆之由.令在廳等申之由云々.」という記述がある.しかし,これに対応する噴火堆積物を確認することはできない.山頂火口内でもっとも新しい噴火地形である血の池(小沼の西にある直径80mの小火口)も6世紀の榛名伊香保軽石に覆われている.記事がいうところの四月十九日(5月11日)ころは一年のうちでもっとも乾燥するから,これは噴火ではなく山火事の記録である可能性がつよい.
>この考えを証明するためには,
>1)1251年春の天気を書いた日記を調べる.
>2)現地で山火事の証拠を探す.
>
>の二つがあると思います.mushaのみなさんに,1)を教えてほしいのです.13世紀の日記かなんかで天気を詳しく書いているものありませんか? 東国なら,さいこう.

At 19:26 31/10/96 +0100, Masato Koyama wrote:
>「日本史総覧」の史籍年表によれば,1251年の古記録は,
>
>弁内侍日記,経俊卿記,岡屋関白記
>(以上,たぶん記録地は畿内)
>鶴岡社務記録(鎌倉の鶴岡八幡宮のじゃないかな)
>吾妻鏡(いわずとしれた鎌倉時代の基本史料)
>百練抄(有名な私選国史)
>(以上までが,だいたい一次史料かそれに近いもの,以下は軍記・物語・後世の編纂物)
>帝王編年記,一代要記,保暦間記,北条九代記,増鏡,五代帝王物語
>
>にあります.ただし,5月11日ふきんのものがあるかどうかは,現物にあたらないとわからない.


At 08:40 97.4.11 +0900, Shintaro HAYASHI wrote:
 次のような話を聞いた事があります。
『平安時代と江戸時代に噴火記録が多い事に関して,
「平安時代と江戸時代には,火山の噴火が多く,中世には少なかった」
「平安時代と江戸時代には多くの記録が残されただけで,噴火の頻度は中世も変わらなかった」
 この二つの内どちらが真相かわからない』
 この問題はどのように片がついたのでしょうか?あるいはついていないのでしょうか?歴史地震の記録はどうなっているのでしょうか?テフラに残された記録で見るとどうなのでしょうか?
基本的な問題で,私が知らないだけのような気もしますが,とりあえずお聞きしたいと思います。

At 09:36 97.4.11 +0900, HAYAKAWA Yukio wrote:
 この問題は,まだ解決していない重要問題だと思います.
 私の2000年テフラカタログから,M4.0以上の噴火回数を世紀ごとに数えると,9世紀に噴火が異常に多かったという結論になります(群馬大学教育学部紀要,1994,130ページの図).ただし,噴火の年代決定に古記録も利用していますから,すこしばかりの注意が必要です.しかしテフラの年代決定には,古記録だけでなく,放射性炭素年代学とレスクロノメトリーも併用しています.9世紀に噴火が異常に多かったという観察は,たぶん事実だろうと私は考えています.
 ただし,17世紀,18世紀,20世紀に噴火が多かったという結果は,額面どおりに受け取ってはならないかもしれません.以下に,表を書きます.

世紀 M4.0以上の噴火回数
---------------------------------
1 3
2 1
3 2
4 1
5 0
6 2
7 2
8 4
9 8
10 3
11 1
12 2
13 1
14 1
15 2
16 1
17 6
18 8
19 2
20 10
---------------------------------
 噴火の集中は,もっと長い時間スケールでもみられるようです.約10万年を周期とする氷期/間氷期サイクルの中で大きな噴火(だいたいM6以上)があるところに集中する(あるいは,あるところがたいへんまれになる)というような傾向が,現在手元にあるデータからは見えます.ただし,10万年程度を測る時計の狂いは,9世紀問題のそれよりずっと大きいので,こちらは見かけだけなのかもしれない.

At 07:53 97.4.14 +0900, Shintaro HAYASHI wrote:
 この早川さんの返答でほとんど解決しているような・・・
 積年の疑問にお答えいただきありがとうございました。これで,だいぶすっきりした気分。地震のほうに関してはあまり知識がないのですが,どうなっているのでしょう?火山の場合のように中世の地震記録が少ない,ということはあるのでしょうか?もし,そうだとしたら実際に地震が少なかったのでしょうか?それとも記録密度が低かったのでしょうか?

At 13:47 97.4.14 +0900, Masato Koyama wrote:
 この表から,文書記録しかデータがないものを除くと,どのようになりますか?いいかえると,炭素年代とレスクロノメトリーだけからこの表を作るとどうなるか,という問です.
 文書記録は,周知の通り,17世紀以後と六国史時代(7-9世紀)に(記録される頻度が高いという)バイアスがかかっていますから,それを取り除いて考える必要があるからです.
 私の心証では,文書記録にみられるバイアスを補正しても,なおかつ9世紀の異常が目につくと思いますが,いかがでしょう.
 また,もうひとつ.アイスランドでは,最終氷期終了直後に規模の大きな噴火が集中することが知られています.これは氷河のロードが取り除かれてマグマが出やすくなったとして説明され ています.早川さんが言う氷期/間氷期サイクルの「あるところ」とは,どこのことでしょう?

At 15:10 97.4.14 +0900, HAYAKAWA Yukio wrote:
 小山さんの質問に答えます.
 この表は,堆積物が確認されている噴火を数え上げてつくったものです.ですから「文書記録しかデータがないものを除」く操作は,この表の噴火の数を変更しません.「文書記録を使わない」という立場でこの表をつくると,
1)放射性炭素年代は,100年程度の誤差をもちます.
2)レスクロノメトリーは,300年程度の誤差をもちます.
ですから,9世紀の噴火集中が前後に分散される効果はありましょうが,ピークが緩やかになるだけで,ピークそのものはなくならないだろうと思います.
 また,氷期/間氷期サイクルの「あるところ」については,具体的な言及はしないほうが身のため・世のためだと思うので,やめておきましょう.なお,最後の氷期の終わりあるいは完新世の始まりに,いまよりずっと地震が多かったのではないかという考えが,シアトルを含むワシントン州の海岸地域に関してあるようです.ワシントン州の海岸地域は,2万年前に厚さ1000メートルを超える氷で覆われていた.
 しかし,最後の氷期の終わりから完新世の始まりにかけては,放射性炭素時計の進みがとてもゆっくりでしたから,時間微分を議論するときは慎重にしたほうがいい.


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